とある1日

午後娘が学校から帰ってきていつものようにハムスターの小屋を覗く。
「昼間は寝てるんだからそっとしときなさい」
言ってもきかないとわかってるけど、一応注意する。
寝床のフタを取り、ハムスターを抱き上げる娘。
「やれやれ」心の中で呟くアタシ。
「おかあさん。ジュンチが動かないよ。片目は開けてるのに・・・?」
「これは・・・。ジュンチ死んじゃってるよ」
娘の目から見る間に涙が溢れる。
「擬似冬眠じゃなくて?」ほおずりしたり息を吹きかけて、温めようとする娘。
「今日みたいに温かい日に擬似冬眠はしないよ」
声をあげて泣く娘。
「悲しい気持ちは良くわかるけど、死んじゃったものは生き返らないんだよ」
「ジュンチをいじりまわし過ぎたから、死んじゃったんだ〜」
何を言ってもダメ。殆ど錯乱状態。
そう言えばこの頃食欲が落ちてたのよね。
体も一回り小さくなっていたし、うちに来て1年3ヶ月。
少し早いけど、寿命だったのだろうか。
「おかあさんペットエコに連絡しなきゃ」(ハムスターを買った店)
「必要ないわよ」
「どうして?」
「どうしてって言われても・・・」
「おとうさんに知らせないと」
「今仕事中だから、帰ってきてから話すわよ」
娘にはそれだけ一大事なのよね。
「お庭に埋めてお墓作ってあげようね」
「大家さんに連絡して許可をとらないといけないでしょ?」
「大丈夫だよ、こんなに小さいんだし」
娘には大きい小さいは関係ないのだろうけど。
雨のかからない、出窓の下に彼女がスコップで一生懸命に穴を掘り
ティッシュで包んだハムスターの小さな亡がらを埋葬しました。
小さな棒を立てて墓標にする娘。
それからもずっと思いだしては、涙。涙。涙。
息子の方は以外とあっけらかんとしてました。
まだ良くわかってないのかも知れない。

アタシは胸に小さな痛みを覚えたけど、その小ささに自分でも驚いた。
そんな自分に嫌悪を感じる。
嫌悪を感じるってのもまた偽善的だよね。
思考が内側に向かって渦巻き状にグルグルと入りこんでいく。

だけど、いつも通り夕食を作り、
いつものように子供たちに食べさせる。
いつものように、
時間割は?
宿題は?
早くお風呂に入りなさい!
いつまで起きてるの?
明日起きられないでしょ!!!
いつもと代わらない日常。

ペットってなんだろう?何の為に一緒にいるの?

子供の頃、捨て猫を拾って帰るたびに、母の言葉はいつも決まっていた。
「生き物は死んでしまうのが辛いから飼いたくないの」
どっかおかしいじゃないのかと、子供心にいつも考えていた。
「情が移る前に早く戻してらっしゃい」
だって戻したら死んじゃうかもしれないんだよ?
でも母は猫が好きだったんだ。
子供の頃兄弟がいなくて(私生児だった母は両親とも一緒には暮らせなかった)
猫に子守りされて育ったのだといつもアタシ達に話してくれた。
生き物はイヤと言いながら、子供の頃のアタシの家には大抵いつも犬か猫がいた。
小鳥や、金魚も。
世話をするのも大抵母で、死んだ時いつも一番悲しむのも母だった。
肉親の愛の薄い育ち方をした人だったから、
愛するものを失った時の悲しみが人一倍堪えたのかもしれない。

娘はなかなか寝つかれなかったようで、夫が帰ってくるとリビングに下りてきた。
「まだ寝てなかったの?」
「おかあさん、ジュンチのこと話てくれたの?」
「おかあさんから聞いたよ」夫が答える。
又娘の目から涙が・・・。
「直樹と二人でさわってばっかしてたから、死んじゃったんだ」
「そんなことないよ」
一生懸命夫婦でなだめる。
「今日は一緒に寝てあげるから、お布団に入って待ってなさい」
いそいで、翌朝の支度をして階段をあがっていくと、
娘は涙を流しながら寝てしまっていた。
その横に体を横たえて寄りそう。
目をつぶっても眠くはなかった。
頭の芯がぴーんとして、いつまでも目が冴えていた。
結局アタシは1滴の涙も流さなかった。

夫の言葉「しばらくは間を開けるんだろう?」
「うーん、まだ考えられないけど、またいつかハムスターを飼うことにはなると思う」
ハムスターの小屋はまだ掃除していない。