1月17日

6年前の今日
尼崎のマンションで
アタシは子供二人と一緒に寝室で寝ていた。
神経質なタチの夫は子供と一緒では睡眠不足になるので、仕事に差し支えが出ると困るからやむを得ず夫1人だけが離れた和室で寝るのが当時の日常。

10ヶ月の息子と3才直前の娘。
アタシは夜泣きや授乳で何度も夜中に起こされることも多く、とにかく眠くて堪らない時期。
夫はその日会社の健康診断の予定があり、いつもより早く家を出るはずで胃カメラの検査を受けるので朝食の必要ない夫が
「起きなくて良いよ。たまにはゆっくり寝ておけば」
と言ってくれて久しぶりに朝寝坊出来るはずの朝。

その日も夜中に2度ほど起こされていたし、何より慢性的に睡眠不足だったから
揺れ始めはモーローとしていた。

『あれ地震?だぁ。いつもより随分長く揺れてるな。』
って感じ。

数秒後、離れた部屋の食器棚や本棚の中身が全部ぶちまけられたらしく、それはそれはものスゴイ音がした。
そのただならぬ気配に子供達も目を覚ましてしまい、心で舌打ち。
『あーあ!まだ起きる時間じゃないのに、今起きられたら1日のリズムが狂っちゃうよ』

夫が「大丈夫か?」
と声をかけてきた。
キッチンやリビングは相当スゴイことになってるらしい。

「危ないから、子供をこちらに来させるな」
夫が食器をかたずけているらしい音が聞こえた。

ベットに寝ていた娘が寝ぼけて目を覚ましたのだけれど(アタシと息子は娘が寝ていたベットの脇に布団を敷いて寝ていた)
「大丈夫だから、寝てなさい」と声をかける。
娘もまだ眠かったのだろうおとなしくもう一度寝てくれた。

そしてなんとか息子をもう一度寝かしつけようとしたのだが
(このことは後から人に散々言われたのだがその時はともかくいつも通りに寝かさねば!てことしか考えられなかったのだ)
異常な雰囲気を感じ取ったのか、どうしても寝つかない。

ふと見ると娘の足元にベットサイドに置いてあったTV(ブラウン管の重いの)がふっ飛んで落ちていた。
もしも頭を反対にして寝ていたら(最高に寝相の悪い2歳児、その可能性はいくらでもあったと思う)、顔や頭に当たっていたかも知れない。
始めて恐ろしさに背筋がゾクリとした。

すっかり目がさめて起きていくと、食器は殆ど割れていた。
観音開きの食器棚は中身が全部飛び出してしまったのだ。
食器棚自体は用心深い夫がねじ式のストッパーを取りつけてあったので無事だったのだが。(始めにストッパーを取り付けようといわれた時は、なーんて細かいなんだ人だろうと思ったけど・・・夫よごめん。ネジでとめてなかったら食器棚も間違いなくひっくり返ってた筈。)


その内止まっていた電気が一旦は回復し、TVを付けてみるとニュースでなかなかの地震だったらしいことが、おぼろげに判って来た。

夫の実家(愛知県)に電話しよう。
とアタシが提案して電話をかけた。7時少し前だったか
その時間はまだ電話もそんなに混線していなかったのだ。連絡が遅くなっていたらきっと電話はなかなか通じず、無駄な心配を掛けるところだった。

我が家は当時駅前1分のところに住んでいたのだが、やはり電車は止まってしまって夫も出かけられない。

それでも夫はなんとか検診を受ける予定だった病院や会社に電話で連絡しようとして必死になっていたのだけど、後から思うとそれどころじゃないだろ!と。
優先順位の付け方を間違っていたことにその時はちっとも気付いていなかったってことで、パニックの時の人間は冷静に行動しているつもりでも実際はそうでもないんだなあって〜それも今だから言えるのだが。

同じ頃近所のマンションでは子供が寝ていた二段ベットが崩れて子供部屋のドアがふさがれ開かなくなり、子供は泣き叫び、知り合いの奥さんがパニックを起こしていたり、
隣りの駅では交番のおまわりさんが建物の崩壊で死んでしまったり、
やはり近所に住む夫の同僚のマンションは倒壊寸前だったり、
すぐ近所の新幹線の高架が壊れて危険なことになっていたりしたのだけど
そんなことはまだ何もわからなかった。

それからしばらくの間、公園に行っても子連れで遊んでいるような人は誰もいないし、街の人口は明かに少なくなっていた。
里帰り出来る人達はみんな実家に帰ってしまったから。

水道の水が出なくて、子供の汚れものを洗うのに近所のお家の井戸を借りたり、
(公園友達やマンションの大家さん、井戸のある家の人が何軒も小さい子供がいて大変だろうといつでも井戸を使ってくれと申し出てくれた)

ずっと音信不通だった昔の友達がパニックでおかしいくらい必死になって連絡を取ろうとしてくれたり、(もしかしてその友人とは地震が起きなければそのまま疎遠になってしまったきりだったのかもしれないと思う)

アタシが体験したことなんて、家族や家を亡くした人達に比べたらホントなんでもないようなことだけど、

それでも一生忘れないと思う。
今年は7回忌になるのね。
黙祷。