野ブタ。をプロデュース9話

ここに多分今日中には何かしらアップされるはず。(日付が変わったばかり)


昨夜書いた7話、8話の感想を何度も直してるのでいまだ取り掛かれず。いったいどれだけ時間かけてるんだつーの。(昼ごろ)

そして再び日付けが変わろうとする時間になってやっと一旦アップ出来そうだけど、昨日の分と同じく明日又何度も書き直してしまいそう。
今週は学校で個人面談が行われてるので、帰宅時間が早い息子(小6)。野ブタの録画を二度三度と繰り返して観ては、「又涙が出てきた」オマエはそんなに泣きたいのか!?
彼がドラマ見て泣いたのは多分生まれて初めてだと思う。大人になると涙が出ることが=良い!ってわけじゃないんだけど、子供にとってはどうなのかなー。
息子がやられたのは修二がクラスの皆に頭を下げるシーン。
うん、確かにここはスゲー良いシーンだよ。息子よキミ分かってるじゃん。
ずっとクラスで無視されてた修二。それは修二自身が『自分の言葉はもう彼らには届かない』と思い込んで誤解を解くことを諦めたままで居たからだよね。
でも野ブタのためになんとかしなきゃ。って思った修二は今まで一番恐れていたこと、届かないと思っていた自分の心の声を直接彼らにぶつけた。
いつもの心の声だと思っていたら、実際に修二がみんなの前で声に出していた、あのシーンは脚本の指定なのか、演出なのか分からないけど、すごく良かった。
届いてるよ。って返事をしてくれたのが前回修二に裏切られたと思い込んでいたタニだったことも、すごく救われたなあ。
野ブタのために精一杯の勇気を振り絞ったことが、結果として修二自身をも救ったんだよね。これって言ってみれば野ブタに救われたようなもの。

野ブタと彰にしか心を開いていなかった修二が他のクラスメイトともちゃんと向かい合えるようになったこと。クラスの中で無視されてるとか、そういう表面的なことだけじゃない、もっと本質的な修二の大きな変化であり、成長。

息子がどのくらい理解しているのかは謎だけど、言葉に出して説明することは出来なくても、子供だからこその率直な直観力で何かしらを感じ取っているんだろうと思う。それが涙って形で現れたのだと。
しかし息子よ。彰にすっかりインスパイアされてしゃべり言葉に〜だっちゃ。を付けるのはいつまでやるつもりなのか?
「僕も彰みたいになりたい。だって面白いし、強くて優しいし」
彰は今やすっかり息子にとってのヒーローになったみたい。彰が元々クラスで孤立してたってのもぐっと来るんだろうなー。なにせ、息子も個性的過ぎてクラスで浮きまくってるから。
夕食後、今日何度目?って感じで再び今度は娘(中2)も交えて録画を観た。(いったい何度観てるんだ?って突っ込みはなしでよろしく)実は土曜日のオンエアの時、娘は昨年、友達だと思ってたコに実は陰で意地悪をされていてとても傷ついたってことを始めて告白してくれて、それ以来他の友達に対しても「もしかしたら又裏切られて傷付けられるのでは?」と思うと怖くて、心底人を信用することが出来ない。ってディープな告白を涙ながらにしてくれたものだから、アタシは正直ドラマどころじゃなくなってしまい、頭ぐるぐるになっちゃたのだけど。ひとしきり泣いたら落ち着いたみたいで、娘もちょっと大げさなところがあるんで、彼女にとってどの位重大なことなのか?は読みきれないんだけど、アタシもそういうことがあったなあ。なんて思い返したり、人が自分をどう思ってるか?実は陰では嫌われてるんじゃ?なんてビクビクするなんて、未だにアタシもあるしなあ。良い大人になっても変わらないってことですか。
でもアタシに対して吐き出せたおかげで少しは娘も楽になったのじゃないかとも思うのよね。アタシは自分の母親にはそう言うのぶつけられなかったから。なにしろ、父親がトンデモナカッタので、母はそれでいっぱいいっぱいで、心配かけるようなこと言えなかったしね。

なんかすっかり話が脱線してしまったけど、クラスでも彰派と修二派に分かれてて〜なんて話もしてくれたりして、アタシたちは断然彰だよね〜!なんて母娘で意気投合したり、「おれ達はもう離れられない体〜」のトコでは「サービスし過ぎで醒めるし!」なんて言い放ったり、で、土曜日の時娘が崩壊した蒼井が実は黒幕だと分かったシーン。今夜は平静に見ることが出来た。
許してくれなかったら校舎から飛び降りると脅すシーンで子供たちに自分だったらどうする?と聞くと、息子は「許さない」娘は「わからない」
でも夢と分かって「良かった」「死んじゃうのは絶対ダメ」
教室の机で眠っていた蒼井はブタのお守りを強く握り締めていて、夢から醒めた時涙を流してた。
「本当はこの子も友達になりたかったんだよね」「だけど、それが素直に言えなくてこんなことしちゃったんだ」ふんふん、小6と中2はそう言ってますよ。
野ブタは夢の中では蒼井を許さなかったけど今はどうかな?」とアタシ
息子「許してる」
娘「だって生きてて良かったって言ってるもの」
「じゃあ○○さん(娘が裏切られたと思ってるコ)のことを許せる?」てのは口にせず。

娘はまり子がカッコイイ!って。そうよね。今も素敵だけど、将来はキャサリンみたいになれるコだよねきっと。
信子を励ますシーンもすごく良かったけど、修二に「本当のことを受け入れるのはとてもつらいけど、出来ないことじゃない」て告げるのはまり子なりの修二への決別宣言よね。
やっぱりまり子は他の子たちより一歩先に行ってる感じで、すごく素敵なコだよね。
彼女が裏で嫌がらせをしていた犯人だなんていってた人たちは謝んなさいよ!って感じ。や、アタシも一番最初だけはもしや?って思ったけど、すぐに違うと思ってずっとそう信じてたから。
ゴーヨク堂で唯一立ち読みの出来たことが、姿形だけじゃない本当の意味での美人なんだって、根拠とも言えない根拠だったけど、それってあながち間違ってなかったように思う。デルフィーユ@キヨシローの存在はドラマの中で一つの指針のようなものだったから。
今回のキャサリンとデルフィーユが月を見上げるシーンの意味だとか、どう解釈すればいいか分からないと言えばそれまでだけど、あの月はホントに美しくて実はアタシが一番ホロリと来たのはあそこだったり。

担任の解任取り消しの嘆願書をクラスの皆が徹夜して書くシーンも一見関係ないようで、ちゃんと取り返しの付かないと思われることをしてしまっても救われる。って話になってて。それに最初のうち担任は事なかれ主義で野ブタがいじめられていても気がついているのかいないか、見てみぬふりのどうしようもないダメ教師かと思ってたら、詩集のエピでちょっと見直させて、今回の嘆願書で案外生徒に愛されてるんじゃん?って見せてくれて、バンドーもそうだったし、タニだってそうだったし、人には色んな側面があって、いいトコもわるいトコも両方あるのが当たり前で、なにもかもひっくるめて1人の人間なんだって、当たり前のようで案外ドラマではちゃんと描かれることの少ないところをキチンと脇の一人一人にも感じさせてくれるのが素敵だよなあ。

昨日のコメント欄でも書いたけど、木皿泉の脚本は登場人物一人一人にちゃんと愛情を注いでるし、優しいよね。こういうストーリー展開をしたいからそのためにキャラクターをこう動かして〜なんてことがまったくなくて、ましてや、視聴者の興味を惹く為に登場人物を意味なく苦しめるなんてことはあるはずなく、彼ら彼女らの苦しみはすべて意味のある、人が生き、成長する上で必要なことだと思えるようなものだけで、だから後味がさわやかで安心して見ていられるし、勇気をもらえるし、救われたような気持ちになれるんだと。

木皿さんが愛情込めて書き上げ、それを魅力のある若い出演者たちが演じることで、どのキャラクターも愛すべき存在になっていて、架空のTVドラマの中のほんの三ヶ月で消えてしまう彼ら彼女らが実在するかのような錯覚すら覚えて、もう来週でしょっちゅう手や足をあちこちにぶつけてイテテってやってるあのコや、本当は優しいのにそれを素直に表に出せないあのコ、地味だけど芯が強くて、素ボケキャラがキュートなあのコ、愛情豊かでまっすぐすぎるくらいまっすぐで、学園一美人で男前なあのコ・・・。
あのコ達に会えるのが来週でお終いだなんてそれを思うともう既にウルウル来ちゃってるんですが。