戦争がはじまりそう。

ネットを巡回していてもそのことに触れている文章に次々にぶつかる。

朝食の時、子供達が戦争の話をしていた。
9歳と11歳の彼らでもこの世界の現状への不安を肌で感じて、憂いているのよね。

「お父さんは戦争反対?お母さんは?」
「勿論反対だよ」

って答えながらも(だからこそ?)感じる自分の無力さ。

戦争は嫌だ、誰がなんと言っても嫌。理屈じゃなくて感情で。
でも反戦運動って何をどうすればいいのかわからない。
感じたり思ったりしてるだけじゃなく、行動を起こすべきなんだろうか。
一体何をどんな風にしていけばいいのか。自分でそこのところの見極めが
つきかねている。

反戦デモに参加したりHPでその手のwebリンクに参加したりするのは簡単なことで、
今すぐにだってやろうと思えば出来るけど、
それを積極的にやろうとは思えない自分がいて・・・。

井戸掘りの管理人さんが「感傷的なムードに浸って気持ちよくなるのだけは嫌」
って言ってて(ちなみに18日の各新聞の社説へのリンクはGOOD!)
確かに自分は平和で安全な場所
(この地球上に本当の意味でそんな場所があるのか「?」だけど)にいてさ
イマジンとか歌っちゃったりしてさ

ただ単に自分の行為に酔ってるかのようなー。
ムードだけの反戦活動ってのはなんか肌が合わない。
そんな唄の使われ方も違う気がするし。

ジョンレノンが随分安く使われてるもの。それってなんか違うよ。

向井くんの日記(1月31日)だとか山口洋の日記(3月18日)
を読んで実際に人の心に届く歌を作ったり歌ったりしている人のことを考えていた。

そして今日はミチオくんとこのantlionを読んでいたら

>平和主義者はこんな時、『IMAGINE』を歌うしかないんだろうか。
>まるで無力の象徴だ。

って言葉が出てきてドキリとしたけど、
その後のくだり(antlion参照)で人は何のために歌ってるのかってことを
又も考えた。  

「チョムスキー9.11」を観た時忌野清志郎の曲が使われていて、
それを聴いて何かを感じた時のあの気持ちをちょっと思い出したり。

想像力は創造力。

音楽の力、すりかえ、感情の操作、形の無い夢と希望、そして真実。

唄だとか詩だとかが、本来は絵空事のはずなのに
「リアルよりリアリティ」な存在だってことをアタシのハートは知っている。